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Talks vol.3

『写真家・石川直樹さんと靴下』

17歳でのインド・ネパール一人旅を契機として、北極から南極までの人力踏破、七大陸最高峰登頂、2度のエヴェレスト登頂と、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら作品を発表している写真家・石川直樹さん。自分の目で見た景色や足跡を記録したいと、時には危険と隣り合わせの登山に挑む石川さんにとって、足元を守る靴下は重要な道具のひとつだという。 未知の世界に挑み続ける石川さんにRENFRO JAPANが賛同。過酷な環境に耐えうる靴下を共同開発することになった経緯や靴下の役割について、RENFRO JAPAN代表・高橋良太が聞いた。

石川直樹さんとRENFRO JAPANとの出会い

高橋 : 石川さんと出会ったのは1年半くらい前でしょうか。弊社社員に石川さんのファンがいたことから、旅道具にまつわる著書『ぼくの道具』を読ませていただいて。靴下について書かれたコラムで、アメリカのライフウェアブランド・スマートウールの靴下をはいて活動されていることを知ったんです。スマートウールは親会社のRENFRO USAが生産の一部に携わっていたので、靴下の卸企業としてぜひ力になりたいとご連絡したのがきっかけで共同開発に至りました。
スマートウールは登山家には著名なブランドですが、もともと石川さんが使い始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

石川さん : 初めて使ったのは2000年、『ポール・トゥ・ポール』という北極から南極まで1年がかりで移動するプロジェクト。カナダ人のボスから「北極や南極では靴下が重要になるから、スマートウールの靴下を持っていきなさい」と渡されたんです。

高橋 : 実際に使ってみていかがでしたか?

石川さん : 本当に助けられました。濡れて冷たくなることもあまりなく、いつもドライで暖かい。機能性を実感して、買い替えたりしながら20年以上愛用してきました。

石川さんの著書。(左)ヒマラヤトレッキング、シェルパに支援金を届けた旅の記録を収めた『シェルパの友だちに会いに行く』。(右)靴下・スマートウールも登場する『ぼくの道具』。

高橋 : それ以前はどんな靴下をはいていたのですか?

石川さん : はっきりとは覚えていないのですが、ウール100%の靴下をはいていたのかな。ただ重いし、チクチクごわごわとしていて。スマートウールは優しい肌触りなのに、同じくらい保温性があって驚いた記憶があります。

高橋 : ウールがチクチクする原因というのは繊維の太さ。スマートウールが使っているメリノウールは肌着にも使えるような極細の毛なのでチクチクしないんですよ。

石川さんをはじめとする登山家に愛用されている靴下・スマートウール。

石川さん : なるほど、そうなんですね。

高橋 : 著書を読んで気になったのですが、石川さんは靴下をはじめ様々な道具を持って旅をされていますが、いつもどのように選んでいるのでしょう。経験値からですか?

石川さん : 旅の二大苦しみは「寒さ」と「重さ」。道具を持ちすぎると重いけれど、防寒具が不足しても寒くてつらいので、装備や道具選びは慎重に行います。毎回過不足なく選ぶことを続けていたら、これなら命を守れるぞというものしか身につけなくなりました。

高橋 : 石川さんが愛用している道具って、僕や一般の方にとっても良いものといえるのでしょうね。実体験からの説得力を感じます。

石川さん : はい。なんとなくではなく、これだけ実験をしてきて良いと言えるので、自信をもってすすめられるものばかりです。

過酷な登山で靴下が果たす役割とは

高橋 : 石川さんはこれまで世界一登頂が困難といわれるK2をはじめ、標高の高い山々に挑戦されていますが、過酷な環境下において靴下にどんな機能を求めますか?

石川さん : 保温性が高く、なおかつドライな状態を保てることです。

高橋 : 僕自身はハードな登山経験はないのですが、登山用のインナーはウール以外を着てはダメだと言われたことがあって。発熱するような合成繊維だと動いた時にかいた汗が乾かず、高所で冷えてしまって命にかかわることがあると。

石川さん : 本当にそうです。だから上着よりも靴下や下着など肌の上に身につけるものが一番重要。そこを間違えてしまうと、どんなに高機能で高価なジャケットを着ても死んでしまいます。

高橋 : これまでに靴下選びを失敗した経験はありますか?

石川さん : 中学生の頃に靴下の上にビニール袋を重ねて、バスケットシューズをはいて登山するっていうバカな失敗はあります。これで暖かいし、濡れずに雨に耐えられるって考えたものの、蒸れるし濡れるし滑るしで全然ダメでした(笑)。22歳の時にスマートウールと出会って、靴下は大事というのが頭に叩き込まれているので、間違ってもハードな旅に綿の靴下をはいていくことはありません。高所ではあっという間に凍傷になる。足の指は失いたくありませんから。

高橋 : 靴下が担う役割ってとても大きいですね。石川さんが6000m級の山にトライする時って、靴下は何足くらい持っていくんですか?

石川さん : 厚手、ミドル、薄手のインナー靴下をそれぞれ2~3足くらい。1セットは必ず防水袋に入れてキープしておきます。そして最後の頂上に行く時は、新品の靴下をおろすことが多いです。

高橋 : ウールの靴下はどうしても擦り切れていきますからね。

石川さん : はい。使い古した登山道具ってストーリーが感じられてかっこいいんですけど、靴下に限っては少しでも新しいものがいいと思っていて。新しければ新しいほど保温性に優れて機能を発揮できる。もちろん丈夫ですぐに破れるものではないし、大切には使うんですけど、命がけの登山では新品の靴下が安心できます。

石川さんが開発に携わった靴下。

RENFRO JAPANと共同開発した靴下

高橋 : 今回の共同開発では石川さんのご要望を弊社社員が伺って進めていったと思うのですが、特に石川さんが特にこだわった点はどこでしょうか?

石川さん : これまでインナーソックスの上に厚手の靴下をはくと、靴の中で靴下がずれ落ちることがありました。とはいえ、きつくしてしまうと血行が悪くなる。つま先あたりが冷えると凍傷のリスクが高まるので、つま先はふっくらさせてほしいとリクエストしました。

高橋 : 僕も最初にサンプルを見た時はびっくりしたんですよ。つま先部分の丸みは作るのが難しいのですが、これまでにないユニークな形に仕上がったと思います。ずれを解決するためには伸縮性の高いスパンデックスの糸を入れました。主な素材であるメリノウールはクリンプという縮れがあり、繊維の表面がうろこ状になっているので空気を含んで保温できる。なおかつ水分を放出する吸放湿性が備わっているのでドライな状態を保てます。天然の抗菌効果も備わっていますし。

石川さん : 汗っかきな仲間とテントに入っても、メリノウールの靴下は常にドライなんですよ。長時間はいてもにおわないですし。

高橋 : ただ、ウールは登山や過酷な環境で身を守ってくれる天然素材ではあるものの、擦り切れやすいというデメリットがある。そのため裏はウール100%だけど、表側にコーデュラナイロンの糸を使って強度を高めています。

石川さん : 去年のヒマラヤ遠征の旅では6000mの山を登る際に靴下を試しましたが、調子がよかったです。

高橋 : 特に厚手の靴下を作るには高い技術力が必要で工場探しには苦労しましたが、なんとか石川さんの実体験をもとにした過酷な環境でも耐えうる靴下ができあがりました。靴下は身を守ってくれたり、足のために大切な存在であることを一般の方にも知ってもらえるきっかけになれば嬉しいですね。

石川さん : 冬のアウトドアやウィンタースポーツをやっている人にも響く靴下だと思います。

高橋 : 高い山に登らないにしろ、しもやけになるのを防ぐとかね。

石川さん : しもやけは防げると思います。分厚くてクッション性があるからだと思うんですけど、マメもできない。通常は慣れていない靴や靴下をはくとマメができるのに、この靴下だと大丈夫でした。

高橋 : 足のマメって、足元に水分が残っていると摩擦で肌にダメージが増えてできてしまう。だから靴の中が常に湿度が低い状態を保てる素材だとマメができにくいんです。

石川さん : なるほど。次の遠征では8000m級の山に登るので、またこの靴下をはいていくつもりです。

高橋 : 命がけの環境で足元を守る重責に身が引き締まります。今回の開発を通じては、我々も靴下の価値を再認識できました。作り手って、この糸はこう使わなきゃいけないとか固定観念に縛られていることも多くて。糸の特性も改めて勉強できたし、今回をきっかけに他の製品も生まれるような予感がしています。

2022年の活動予定やこれからの目標は?

高橋 : 遠征に行かれるとのことですが、2022年はどんな活動を予定されているんですか?

石川さん : 3月末から5月くらいまで2か月間遠征をして、世界で7番目に高い山ダウラギリ、3番目に高いカンチェンジュンガを連続して登ります。以前挑戦したK2に次ぐ3番目の山なので、ずっと登ってみたくて。

高橋 : 写真家である以上、登りながら撮影もするわけですよね?

石川さん : はい、写真を撮るのが目的ですから。僕の使っている中判のフィルムカメラはちょっとした岩のような重さなので、たまにカメラを置いていきたくなりますけど(笑)。

2011年のエヴェレスト登頂時の写真が収録されている、写真集『EVEREST』

高橋 : そこまでのモチベーションになっているのは何ですか?

石川さん : 未知の世界に出会いたい、そして出会ったものを忘れたくない。撮影しておけば見直した時にも新しい発見があって、ひとつの旅がどんどん膨らんでいくんです。

高橋 : 石川さんは高校2年生の時にインドに行かれて旅をし続けていて。興味を持ったことに対する探求心や冒険心がその当時から変わっていないように感じるのですがいかがですか?

石川さん : そこはあまり変わってはいませんが、僕も44歳になったのでそろそろ体力が心配で(笑)。だから少しでも早く登りたいです

高橋 : ご本人は挑戦している感覚すらないのかもしれませんが、外から見るとすごくチャレンジャーだなと感じます。

石川さん : 単純に楽しいんですよね。無理してはできないし続かない。好きこそものの上手なれというか。

高橋 : 今後は宇宙にも行きたいと伺ったのですが。

石川さん : 宇宙飛行士の募集に申し込みたいと思っていて。極地の生活と宇宙の生活って結構似ているなと感じているんです。試験が遠征と重なりそうなので難しいかもしれませんが、いつか地球や火星、太陽などを自分の目で見たいです。

高橋 : これまで登られた山を宇宙から撮影するのもいいですよね。ぜひ写真を見たいです。

石川さん : はい、撮りたいです。

高橋 : 宇宙に行く時は宇宙用の靴下も作らせてください!これまで靴下業界ってあまり挑戦をしてこなかったのではと感じていて。靴下は消耗品なので黙っていても売れていたけれど、今は市場も消費者のニーズも大きく変わる時代です。既存のルールや経験にとらわれずに行動していく存在でありたいと“We Are Gamechanger 私たちは足元から世界を変えていく”という理念を会社として掲げた時に、ちょうど石川さんとの商品開発も始まって。すぐにビジネスとして成功するかは未知数ですが、チャレンジが大切だと思っています。

石川さん : 目先が楽な方に進んでも、結局何も残りませんよね。僕の山登りだって費用にたとえ数百万かけても、10年後や20年後に本を出せたり、その分以上に有形無形のリターンが必ずある。目には見えなくても経験はかけがえのない財産ですよね。

高橋 : 僕は何事もプロフェッショナルと組むことで新しい視点が得られてゲームチェンジできると思っています。ぜひこれからも石川さんの足元をサポートさせてください。